第33話 中から見たらから騒ぎ
「――――っ!?」
ジークが跳ねるように上体を起こした。海よりも深い紺碧の瞳が、状況を把握しようと素早く左右に動く。
「あれっ!?」
あからさまに驚いた声。顔やローブが砂まみれのまま、彼が硬直しているのが目に入った。
「燃えてる!」
「なんだなんだ?」
「青春か?」
「……ハルド、落ち着け」
「くそ、転ばなければ完璧だったものを……!」
「人は誰でも悩むものだぞ少年!」
「そうとも。だから青春というのさ。わはははは」
「外野は黙って!」
「落ち着けとおれは言った」
「――――っ!?」
ごすっ!――
瞬間、ジークの言葉が止まる。
ベルの打ち下ろした拳が脳天に入り、ジークが崩れ落ちた。けれども、すぐに彼は叫び返す。
「ベルさん! 火事は!?」
よく見ると、ゆっくりと頭が揺れている。痛むらしいその様子にサティも自ずと眉が寄る。
ベルは黙したまま舟の方へ顎を動かす。渋々といった様子で頭頂部をさすり、ジークが年長の幼馴染みに従うのが見えた。
そして、彼の目が衝撃に大きく揺れた。
「串!?」
「串だとも」
「串ですね……」
合いの手を入れてくれるおじさんに胡乱な目つきで応えるジークである。が、まだ混乱は続いているようで大きくかぶりを振った。
「すると、あれは火事ではない……そうか、火事ではないのか。火事なんてなかった。あー……」
がしがしと苛立たしげに黒髪を掻きむしるジークの背中におじさんたちが更なる追い討ちをかける。
「火事だって? おいおい。何を寝ぼけたこと言ってるんだ」
「もしや炭火焼きを知らんのか?」
「さては都会っ子だな」
「まったく。近頃の若者は外遊びをろくに知らんと見える。呆れたもんだ」
散々な言い様である。同じ聖都育ちのサティとベルは、その居心地の悪さに弱々しく視線を向けあうことでやり過ごす。「若者の炭火焼き離れ」という深刻そうで全くそうではない見出しがサティの脳裏にふわりと浮かんで消えた。
一様に眼差しが据わっていた男たちだが、徐々にその口の端が吊り上っていく。笑みを含んだ声で言ってきた。
「まあ、昔のケイオスほどじゃないが、そっちの少年はなかなか細っこいもんなあ」
壮年の男たちの体格は引き締まりを見せており、肌は日に焼けて褐色に近い色をしている。
肩を掴まれたジークの眉が困惑気味に下がる。
「確かに。ちゃんと飯食ってるか?」
「ほら、この焼き立てのイワシでも食って元気出せ!
イワシ食べろ!」
「そうだそうだ。この機会に炭火焼きの美味しさを覚えていきなさい」
「ア、アリガトウゴザイマス……」
頬をひきつらせまくったジークが焼きたてほやほやイワシの串を恭しく受け取った。
息をひそめて成り行きを眺めていたサティだが、視界にふっくらとしたイワシが割り込んでくる。
目をしばたたいている間にも外野からの視線は緩むことなく、びしばし投げつけられる。串を差し出している壮年の男性は、照りつける太陽にも負けないくらい明るい笑みを顔に貼り付けている。勢いに負けたような心地で、サティも曖昧に微笑んで手を伸ばす。
そして、ウォルサムの浜辺で青空学校が開かれた。
イワシを振舞われた歓談で聞いた話によると、彼らはこの港街の船大工なのだという。商船や貨物船、漁船に乗り合い船と、それぞれの得意先は異なるが、浜辺近くで工房を営んでいるのだそうだ。
ウォルサムの街はアルカディア王国が建国するより前の時代、南方の島に在する水の都パールディアとの貿易の要として築かれたのが起源なのだという。優れた航海術と商売のセンスを持っていたウォルサムの人々はパールディアとファティマ、王都エセルとの交易で栄え、この大きな港湾都市を築いた。
古き良き時代が残された街で暮らす人々は、温暖な気候そのままに皆朗らかで気さくだ。余った資材で作った船の形の炉を囲み、昼飯をこうして持ち寄り、とりとめのない会話を交わすのが息抜きになっているのだという。
耳に優しく届けられる潮騒。爽やかに頬を撫でる風。イワシに舌鼓を打ちまくった一行はおじさんたちに会釈をしかけ、はたと気づく。
「……あの、何か忘れてません?」
「チケットとレオンだろう」
「そうでしたそうでした」
どこまでも冷静なベルの指摘にサティは手のひらをぱちんと合わせた。再び炉の代わりの舟を囲み始めたおじさんたちに朗らかに声をかけた。
「すみません。このあたりで一番早くパールディアに向かう船ってあります?」
「あとついでにこんな顔した少年が白い髪の人に連れていかれたんですけど、ご存知ですか?」
「ちなみに実物はこう、三割くらい幸が薄い感じです」
ジークの掲げた似顔絵にサティはきちんと補足を入れることを忘れない。
ぱちぱちと目を瞬かせながら彼らが顔を見合せ始める。この場にいるのは、灰色がかった髪に砂よりも落ち着いた色合いの金髪の者、薄茶色、栗毛色の者たちで、それぞれに年を重ねた証の白いものが混ざっていた。
「白い髪?」
「それならプリムちゃんとこのケイオスじゃないか?」
「そーいえば、さっき、魚屋の前で見かけたが、久々に客を見つけたとか何とか言っていたような……」
「あー、イイ客を見つけたとかなんかえらくご機嫌だったような……」
「レオン君、ついにカモにされたのか」
「幸がさらに薄くなっていますねえ」
二人して感嘆の息を漏らす。
首の後ろを掻き、栗毛髪のおじさんが通りに掲げられたパールディア行きの船の看板を指さした。その一覧のほとんどに「完売御礼」の赤いシールがべたべたと貼られている。
「うーん。この時期は予約がないとすぐには乗れないんじゃないかな」
他の面々も表情を曇らせた。
「清流祭が近いしなあ……」
「そうだ。それこそケイオスの船なら一番速いんじゃないかな。まだ始めたばかりの半人前だからって本人が言ってるくらいだから料金も安い」
「半人前?」
ジークほどではないが、ひょろかったとかいう男の新たな情報にサティの眉が上がった。
灰色がかった髪で、一番のっぽの者が訳知り顔で腕組みをした。
「いや、それでも船を任されてから半年くらいにはなるか。プリムちゃんの親父はまだまだ半人前だって言ってるけど、ありゃ娘可愛さのイヤミじゃないかと俺ア思うね」
「確かに。半人前なんぞに娘はやらんって言ってる割に、あいつも満更じゃなさそうだしな」
「そりゃケイオスがなかなか男前だからじゃねーの。ただのもやしっ子にゃ大事な一人娘はやれねーべ」
「違いねえ、違いねえ。でもま、あれはどっちかっつーと、男前というよりは品のいい顔立ちしてるよな」
「言えてる、言えてる。案外どっかの今は亡き貴族の末裔だったりしてな!」
「そりゃあいい。もしそうだったら、その話題のおかげでうちの女房、間違いなく痩せるぜ」
「飯も忘れて三日三晩はその話題で井戸端会議開けるだろうからな」
ぽつりと付けられた落ちに、一同は腹を抱えて豪快に笑い始めた。が、それもほんの一瞬の出来事だった。
彼らは水を打ったかのように静まりかえると、誰からともなく示し合わせたかのように、ぎしぎしとぎこちなく首を動かして振り返った。
集中した視線の先には、白いものが多く混ざった、飴色の髪の男性が口元に笑みをたたえていた。
「随分楽しそうな話してるじゃねえか。三日三晩は飯も忘れそうなくらい」
彼の紅茶色の眦は笑っていなかった。これっぽっちも。
互いに視線を送り合っていた連中の一人が、とうとうその男に声をかけた。
「よ、よう、ファーロ! 奇遇だなア」
完全に声がひっくり返っている。
「奇遇も何もここは俺の家までの通り道なんだが」
真顔で返され、一同は顔を見合わせた。やはり誰からともなく、へらへらと笑みを浮かべ、肘でつつき合う。
「いや、ほら! なあ!」
「そうそう! ほら! 何つーか、こう……」
「おお! この時間に?」
「ああ! ここで……?」
「そう! 俺たちが偶然……?」
順繰りに振られ、サティは右手の拳で左の手のひらをぽんと打った。
「ここで会ったが百年目?」
「違う!」
鋭く突き刺さる却下の斉唱。サティは思い切り眉を寄せた。
「えー……」
ファーロと呼ばれた男の咳払いが辺りに響く。すると、今度はやけに大きな音の咳払いによる輪唱が始まった。
サティにダメ出しをしていたうち、のっぽの者がとりなすようにファーロへと声をかけた。
「やあ、この時間帯にここでお前と会うなんて珍しいだろう。今日は船を出していないのか。清流祭前で稼ぎ時だろう?」
「仕方ないだろう。どこかの今は亡きお貴族様の末裔かもしれない品の良い顔立ちのもやしっ子がドクターストップかけられてんだから」
「お前、どこから居たんだよ……」
声を引きつらせる相手に、ファーロはあっさり返す。
「『まだ始めたばかりの半人前だからって本人が言ってるくらいだから料金も安い』あたりから」
「ほぼ始めからじゃねえか……」
頬を凍りつかせる外野をよそに、ファーロは吐息した。
「うちの船の話が聞こえたからな。お客様ならきちんとご案内しないといかんと思ったんだよ」
「すみません」
「うん?」
教室で質問をする生徒のように挙手をしたジークに、ファーロは片眉を上げた。
「その品の好い顔立ちの非もやしっ子さんはそんなに悪いんですか?」
「いや、上品できれーな顔だぞ?」
「おう。奥様連中に大人気」
「なんつーか、美形?」
口々に件の人物の品評を始めるおじさん連中を片手で制し、
「あ、すいません。そっちじゃなくて。ドクターストップってことは相当体調が思わしくないんですよね。船をすぐに出して頂くことは難しいですか?」
ジークはファーロにまっすぐな眼差しを向けた。
「うん? お客さん、急いでいるのか?」
目を丸くするファーロに、今度はベルが至極真面目な面持ちで頷いた。
「できるだけ早くパールディアに向かいたいのです。非もやしっ子さんの船ならば、安い・速いと伺ったので可能ならばお願いしたいのですが……」
「それに、そのケイオスさんだか非もやしっ子さんだかのところに、偶然にも私たちの連れが居るそうなので、一石二鳥かなあと思いまして」
サティも続けてぬるい笑みを向ける。
「……あれに関する話題はどうも総じて褒めてるんだか、貶してるんだかさっぱり分からん評価になるなあ」
がりがりと頭を掻き、ファーロは後ろの方へ声をかけた。
「先生、どうなんです? うちの元もやしっ子の方は?」
彼の後ろからひょっこりと白髪の老人が顔を出す。
「うん。良いんじゃない? 私の好みではないが、品のいい顔立ちはしていると思うよ?」
「すみません。そっちじゃなくて。ケイオスの具合の方は?」
のらりくらりと言ってのける老人にファーロが真顔で指摘する。
新たな人物の登場と唐突な発言にサティとジークが困惑した顔を見合わせていると、周りの面々が親切に教えてくれた。「ありゃ診療所の先生だよ」「この辺の連中は誰でも一度は世話になってる」「先生はすらっとしたのは好みじゃないのか。意外だ」などなど。
さざめく外野をよそに、鷹揚に老医師は笑った。深く皺の刻まれた顔つきをしているが、たたずまいは紳士然としている。
「なあに冗談だよ。処方した分の薬もそろそろ終わるだろうしねえ。ファーロ、薬が終わったらもう眼帯を取るように伝えてくれないか。ついでに診療所にももう来なくてよろしいと」
「ええと、つまり?」
「もう治ったも同然だよ。この後は薬も治療も必要なし。めでたしめでたし。あと、元気に働けとも伝えてくれ」
老医師が大きく頷くと、周囲の面々が次々にファーロの肩を叩いた。
「ファーロ、良かったじゃないか!」
「お前もなんだかんだで心配してたもんなあ」
「さて、どうかね。まあ、あの辛気臭い眼帯男がうろうろするのを見なくて済むのは清々するが」
ファーロが茶化すように軽く言えば、一同は腹を抱えて笑い出す。大笑いに息が切れかかっている者までいる。
「妙な迫力があったからなあ、あれは!」
「なまじ美形だからいけない」
「絵になるといえばなるが、あれはなあ……」
「お、ファーロ、帰るのか?」
やんやと騒ぐ一同をよそに踵を返し始めたファーロの背に声がかかる。彼は小包を軽く掲げて応じた。
「たい焼き買ったんだが、冷めたらプリムに何言われるかわからんからな」
「ファーロ」
「何です、先生」
「私は処方した分の薬を使い切り、次の診察にもきちんと来る患者さんに久々に会ったよ。彼はなかなか真面目な人物だな」
ほんのり笑みの含んだ老医師の声は、聞く者を安心させるような温もりがあった。
「用法を隅々まで読んでは、初めて知る成分や副作用だとかを君のご自慢の薬剤師をしているお嬢さんにご教授頂いていたそうだ。それに、診察の時には片目での生活で気づいた不便なことだとか、彼の見つけたうまく過ごすコツなんかも丁寧に報告してくれたりしてね」
黙したまま顔を見つめるファーロに老医師はなおも笑いかけた。
「直接は早く船に戻りたいとは言わなかったが、彼も立派な船乗りだな。陸から見る船の帆も、耳に届く海風もいつもより遠く感じると話していたよ」
頬を撫でるように海風が揺れた。風は寄せては返る潮騒と海鳥の声を耳に運んできている。穏やかに凪いだ海の青、彼方に広がる水平線に視線が吸い寄せられる。
「分かりました」
そんな中、潮騒に紛れるように降ってきたのはファーロの声だった。海からファーロへと視線を戻すと、そこに浮かぶ微笑みは、柔らかなものというよりも苦笑いに近かった。サティはまばたきをして、彼の顔を窺う。
「分かりましたよ先生。どうやらなかなかあれで奴の船に乗りたがる人もいるようだし、あれに叩き込んだ船のイロハをそっくりそのまま忘れられたんじゃこっちも商売できないんでね。早速こき使うことにします」
それからその紅茶色の瞳がゆるゆると細まり、やがて可笑しさをこらえるように言ってきた。
「お客さんたち、急いでいるんだろう? ケイオスはこれから雑用で忙しくなるんでね。ご希望に添えず申し訳ないが、船なら俺が出すよ。うちの店まで案内しよう」
向けられた笑顔に、同じようにサティたちも笑う。
「ありがとうございます! 助かります」
「船もレオン君もたぶん見つかってめでたしめでたしだな」
「……」
「あれ? どうしたんですか、ベルさん。何か気になることでも?」
「いや、我々のせいで目を患っていたばかりの若者を早速こき使って良いのだろうかとおれは考えていた」
ぽつりと落とす年上の幼馴染の言葉にサティとジークは顔を見合わせた。
けれども、そんな気まずい空気は一気にはじけ飛んだ。船大工の面々が腹を抱えて一斉に笑い出したのである。ファーロも老医師も大きく肩を震わせている。
サティたちが困惑していると、先生が声を必死に絞り出した。
「なあに、心配御無用だよ。彼は単に虫に刺されただけなんだ」
その声にますます笑い声の勢いが増した。中には目尻に浮かんだ涙をぬぐう者までいた。
かくして一行は、白い髪がトレードマークで品のよい顔を虫に刺された非もやしっ子というケイオスに関する知識を手に入れることとなった。
カラン。小気味の良い鐘の音が、昼下がりの目抜き通りクライン薬局にアクセントを刻んだ。
どたんばたん。続けてやかましく扉が閉まるや否や、やけに快活でのんきそうな――妙に聞き覚えのある――声が店内に響いた。
「すみませーん!」
「いらっしゃいませ」
店主のプリマベーラが眦を細め、にっこりと迎えた。
亜麻色の長い髪の少女に黒髪痩身の青年、背の高い栗色の狼人――これまたよく見覚えのある――でこぼこな三人組は、およそ薬局とは結びつかない元気溌剌さでカウンターに寄ってきた。そのすぐ後ろを白髪交じりの飴色の髪の男性がゆったりと追いかけてくる。
「こちらならば、速い・安い船に乗れると伺ったんですが」
栗色のふさふさの毛並みが立派な狼人の申し出に、プリムが紅茶色の瞳をぱちくりさせた。
「ああ、船のお客様ですね。ほら、ケイオス! お客様よ! 信じられないことに!」
「最後の一言は余計だぞ、プリム」
形の良い眉を少しだけ寄せ、のそりとケイオスが立ち上がった。日差しを受けた白い髪が、淡く光を孕んでいる。
「私の船は確かに速くて安いのと、その……少々スリル満点だともっぱらの評判だが、それでもかまわないかね?」
「スリル満点とは?」
琥珀色の双眸を丸くして狼人が問えば、ケイオスはからりと答えた。
「よく揺れ、よく酔う」
「うわあ……」
黒髪に紺碧の瞳の青年の思い切りひきつった声。
「まだこの人の腕前は半人前なんですよ。でも、速い。よく揺れるけど、速いんです。そういう事情で料金は半額なんですよ。それでも本当に良いんですか?」
これまた表情をひきつらせた様子のプリムが念を押した。
一番小柄な少女がにこやかに笑んだ。
「でも、お速いんでしょう?」
「もちろん」
「じゃあ、それをぜひ」
「毎度あり」
「待て。本気かサティ?」
たまらずにレオンは叫んだ。
初めましてとでも言うように彼女はこちらに丁寧なお辞儀をすると、その口元が不敵に吊り上った。
「おや、レオン君。奇遇ですねえ。君を探すのにどれだけ時間を喰ったと思ってるんです?」
「…………」
少女は自分より頭一つか二つは低い背丈なのに、見上げてくる蒼と琥珀の異なる色合いの双眸は妙な迫力があった。
「我々も手を尽くしたんですが、ほかの船のチケットはあらかた売切れてたんですよ残念ながら」
腕組みをしてこちらを見上げてくる少女に圧倒されたレオンに、狼人ベルが助け船を寄越してくれた。
「まだ『豪華クルージングで行く! 水の都バケーションプラン』のチケットは残っていたんだが、経費が落ちそうになくてな。レオン、すまないが……」
捨てられた子犬のような澄みきった琥珀色の瞳。彼は真っ直ぐ向けられるその瞳を受け止め、がっくりと肩を落とした。
「分かりました……」
絶望に染まり、心なしか狭まった視界が、がくがくと揺れた。
「レオン君、生きろ!」
両肩が掴まれ、揺さぶられているのだ。
「あ! ちょっとハル君! 止めて下さい。そんなに揺さぶったら今から酔っちゃうじゃないですか!」
「おっと。こりゃ失敬」
「そんなあなたに朗報です」
こめかみを押さえていると、きらきらと紅茶色の瞳を輝かせながらプリムがカウンターから身を乗り出した。
「なんすか?」
思い切り半眼で問う。
彼女はそろばんを素早く弾き、こちらの目の前に掲げて見せた。
「当店ではこのお値段で酔い止め薬をご提供できますよ! 今ならなんと! 二回分おまけで付きます!」
とびっきりの営業スマイルをふりまく薬剤師の隣で、ケイオスも涼やかな笑みをたたえていた……。
「癒着というものを目の当たりにした気がする」
「でも、買うんだ……」
財布を懐から取り出して小銭を数え始めたレオンの耳に、ジークの呆れたような声音が通り過ぎて行った。
「……まあ、船出すのは俺なんだけどな」
ぽつりと降りたレオンにとっての救世主の声は、残念ながら彼の耳にはまだ届いていない。